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■ガジュレル氏来日

C.P.ガジュレル議員との会談

首藤 信彦
首藤・ガジュレル氏・阿部

4月10日の制憲議会選挙で雪辱的勝利を獲得した共産党毛沢東派(以下マオイスト)のNo.5であり、外交担当であるガジュレル議員(Chandra Prakash Gajurel)が 外務省・JICAなどの訪問のために来日し、6月15日早朝に会談した。インターバンドの阿部は前述選挙にANFRELの選挙監視員として同議員の選挙区シンドゥリ県(Sindhuli)で 活動し、同氏と面談している。

ネパールではマオイストの圧勝的勝利にも関わらず、選挙前の閣僚が選挙結果を受けても辞任せず、新生共和国の二大リーダーとなる大統領と首相のパワーシェアリングと 人選をめぐって、最大政党となったマオイスト・今回第二党に落ち込んだネパール会議派(以下NC)・ほとんど議席を伸ばせず第三党となった統一共産党マルクスレーニン 主義派(以下UML)・マデシ民族政党などを巻き込んで政治闘争が繰り広げられている。

一般的には実務的な実権を握る首相には、マオイスト党首のプラチャンダ氏が就任と考えられているが、そうなると大統領には、旧与党コイララ元首相という声がNCから あがり、UMLからはネパール元党首をという声があがる。240年続いた王政が廃止されて王が一個人となった後、一般大衆にとっては大統領は王の継承的存在となる。そこに 旧与党の保守派大物政治家などが就任すると、なんのためのマオイストの大勝利か分からなくなるというのがマオイスト側の悩みだろう。

ガジュレル議員によると、長年の武装闘争を戦い抜き、選挙で大勝利し、王政を廃止に追い込んだマオイスト内には、このような千日手(stalemate)的政治状況を打開するために、 もう一度野に降り、4年後の選挙で完全勝利を目指そうという強硬意見も出ているという。一方でより穏健な選択として、大統領を王の後継元首ではなく実権を持たない象徴的存在に して、政党や政局と切り離した人権活動家や女性を推そうという動きもある。

最大の問題は平和交渉である。制憲議会選挙自体が国軍(発動権は国王)・マオイスト軍双方が活動を凍結し、不干渉の合意の下で行われた。従って、選挙後には平和交渉そして 両軍の新国軍としての再編成が必要となる。

現在、国連(UNMIN)の関与の下、DDR(Demobilization,Desarmament,Reintegration-Rehabilitation)とSSR(Security Sector Reform)が平行して行われている。DDRではマオイスト軍の 武装解除・正規軍への一部編入・大多数の民間人化が行われ、同様に国軍でも多くの軍人が民間人化することになる。問題は、国軍の指揮命令系統をどうするか、そして民間人となった 元兵士・元ゲリラたちの雇用確保をどうするかであろう。また、長期間武装闘争を繰り返していたため、当然元兵士・元ゲリラの紛争当事者はもとより、周辺住民にも残る感情対立や 戦犯裁判も重要なテーマとなるだろう。SSRも治安維持には欠かせない。これまで犯罪者として弾圧されてきた側が警察権力を把握することになるため、どのような形態で新共和国の 治安と安全を守っていくかが大きな課題となる。

このような巨大な問題を抱える両軍の統合であるが、何よりも平和プロセスが重要となるだろう。政治とも異なり、また国連が関与するこのプロセスの進展はなかなか外部には 伝えられないが、東チモールやラテンアメリカ諸国での平和構築を考えると、新生ネパール共和国が安定し成長するには、この問題を解決することが必要条件である。

このような政治・軍事上の課題と同時に、経済の建て直しが急務である。ネパールの経済成長と同時に、同議員の選挙区でもあるシンドゥリ県の特産果実(柑橘)Junarの販売促進や、 それを可能にする道路の整備、特に途中まで日本の援助で建設された道路の完成などに関心を持っているとのことだった。(道路の様子に関しては、制憲議会選挙活動報告阿部レポート参照)

写真のように温和な表情を見せるガジュレル氏であるが、同士GURAVの名で知られる武装闘争を繰り広げたマオイストの闘士でもあり、2003年にインドで逮捕されて長期間拘束 されていた。(2006年10月釈放)

選挙期間中シンドゥリ県で監視活動に従事していた阿部は、ガジュレル氏と面会した際、「長い間地下活動をしていて一般の人にあまり顔を知られていないので、こうして一軒一軒 村をまわっている」と言っていたそうである。日本でも、再会を奇遇と喜んでいた。

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