INTERBAND

For Peace-Building&Democratization


■2002年東ティモール大統領選挙

選挙監視に独自の戦術を

石井由希子(元国連コソボ暫定行政ミッション少数民族担当官)

はじめに

私は2002年4月14日に実施された東ティモ−ル大統領選挙に、非政府組織(NGO)Interbandが派遣した選挙監視団計13名の一員として参加した。インドネシアのバリ島から飛行機で約2時間のティモ−ル島は、赤道に近い常夏の島である。日本の真南に位置していて時差はない。その東半分が来たる5月20日に「21世紀最初の独立国家」となる予定で、今回の大統領選挙は独立への最後のステップとなった。ここでは今回の選挙監視活動を通じて、NGOによる選挙監視の意義と可能性について私が考えたことを述べたい。 私は首都ディリと隣接するマナトゥトゥ県、リキサ県の計3ヶ所で監視活動を担当した。マナトゥトゥは今回圧倒的有利に選挙戦を展開して勝利を収めたカイ・ララ・シャナナ・グスマン氏の故郷である。リキサは美しい海岸をもつひなびた町だが、1999年4月に教会に逃げ込んだ独立派住民数十名が併合派民兵によって虐殺された忌まわしい過去を秘めていた。まず私は国連開発計画(UNDP)の選挙支援事務所からブリ−フィングと資料を受けとり、選挙運営を担当する独立選挙委員会(IEC)の地域事務所を訪問、投票所の視察や大統領候補の集会・討論会の傍聴など情報収集につとめた。投票当日は合計4ヶ所の投票センタ−を巡回した。

ティモール化

内外の選挙監視団による大統領選挙の評価は全般的に高かった。「平和」で「自由」・「公平」かつ「整然と」した「民主的」な選挙だったというのが一致した見解だ(注1)。投票率も86.2%と有権者の関心の高さがうかがえる。私が見聞した範囲でも選挙の全体的な成功を否定する程のミスはなかった。しかし選挙の成功はすでに専門家の多くが予想していたことで、(1)2001年8月31日の制憲議会選挙からまだ日が浅く前回の経験がいかせたこと(2)候補者が二人で単純な二者択一方式の投票がわかりやすかったこと(3)両者の対立も深刻ではなく治安上の懸念が少なかったこと、などがその要因に挙げられていた。むしろ今回の選挙運営の焦点は「ティモ−ル化(Timorisation)」だった。  「ティモ−ル化」−現地の東ティモ−ル人による主体的な選挙運営の試みを、リキサのIEC国際スタッフは「挑戦」と呼んだ。私が取材した限りでは、東ティモ−ル人スタッフの増員と彼らへの責任や権限の大幅な委譲そして教育や訓練を短期間で成し遂げた点を誇る国際スタッフがいる一方で、次回からの選挙運営を完全に現地人に任せることへの不安を表した国際スタッフもいた。たしかにディリ中心の投票センタ−ではIEC国際スタッフの強力な指揮ぶりが目立った。複数の選挙監視報告書が指摘するとおり現地スタッフの経験不足は明白で、現実的には引き続き国際社会からのロジスティックな側面支援が必要だ。だが「国際社会が運営に関与する選挙はこれが最後」とIEC現地スタッフ代表サルメント・コレイア氏は胸を張って宣言した。今回の大統領選挙で「ティモ−ル化」は一定の成果を収めたとして、東ティモ−ル人が自信をつけたのは間違いない。

選挙監視の戦術

私が今回驚いたのは現地人による選挙監視の量と質である。実に74団体1817人が選挙監視員として登録していた。37団体375人からなる国際選挙監視員の約5倍の人々が現地選挙監視員として活動していたのである。さらに私も含めて国際選挙監視員は短時間でなるべく多くの投票所を巡回しようと試みる傾向があったが、多くの現地監視員はひとつの投票所に長時間ときには丸一日とどまって詳細で正確な監視記録を残した。物理的な資源不足を人海戦術で補った形だ。綿密なデ−タ分析から改善のための提案まで行った報告書も、現地選挙監視員によって複数作成されている。 一方国際選挙監視団の最大手はEUの60人で、豊富な資金力と組織力を背景に全地域に監視員を派遣して包括的な監視活動を展開した。世界各地での選挙監視経験をもとに実施された活動は安定していて信頼性もある。同様の戦術を採ったのはポルトガルやアメリカの大規模団体だった。他の組織は資金や人数などの制約に応じて派遣地域を限定、とくに比較的活動しやすい首都ディリ周辺で選挙監視をする戦術を採った。日本政府派遣の選挙監視団9人もそのひとつだ。ここで私が直面したジレンマは政府派遣団との差別化をいかに図るかということである。同じ地域で同じような活動をしても独自性はだせない。限られた資源をどのように分配して運用すれば最大の効果を生み出せるのか。 ヒントは選挙監視報告書の中にあった。いくつかの組織は特定の社会集団の投票行動に言及していた。例えばInternational Federation of East Timor(IFET)は刑務所での囚人の投票を監視している。このように監視する「地域」にこだわるのではなく、特定の「社会集団」をタ−ゲットにした監視活動をするのもひとつの戦術ではないだろうか。残念ながら今回そうした趣旨で体系的にまとまった報告書は見当たらなかったが、次回Interbandがその先例を作ればよい。例えば、囚人や難民、病人や障害者、女性や高齢者、不在者や海外在住者。国や地域によって各社会集団の投票行動の意義や注目度は異なるだろうから、プライオリティをつけてもよい。焦点を絞ることによって監視の質は高まり、社会へのメッセ−ジ性も強くなるだろう。そこに中小規模のNGOによる選挙監視活動の価値を見出せないだろうか。その点で今回、別チ−ムが難民の投票を監視しようと西ティモ−ルとの国境地帯へ向かって空振りに終わった件は、戦術としては間違っていない。事前調査や他組織との連携によって成功に結びつけることは可能だ。

選挙監視の対象

選挙監視の対象として注目すべき社会集団に囚人を選んだNGOがあったことは先に述べた。その選択が秀逸なのは、囚人(注2)が紛争後の平和構築の進展を左右する重要なアクタ−であってその選挙行動が大きなインパクトを持ちうることを踏まえているからである。彼らを監視する意義を具体的な事例を参考にしながら考察してみよう。 紛争後の不安定な社会において囚人の扱いは頭痛の種だ。囚人には戦争犯罪者や政治犯などが含まれていることが少なくないし、紛争中の混乱で正規の司法手続を経ないまま収容された人々もいて、総人数も甚大である。例えば1994年の虐殺事件で国際社会の関心を集めたルワンダでは総人口8,500,000人のうち約125,000人(注3)が虐殺容疑者として刑務所に収容されており、生活環境も劣悪であると複数の人権NGO(注4)が報告している。ただでさえ外部の目が届きにくい刑務所内部で、特定勢力による意図的な投票操作が行われる可能性は否定できない。人権擁護の面から囚人の選挙監視は必要である。さらに囚人は裁判や服役を終えてもとの共同体に受け入れられるまでにさまざまな摩擦と軋轢を経験し、紛争後社会におけるコミュニティ・ビルディングに深刻な影を落としかねない。紛争中の暴力の記憶や憎悪の感情はそう簡単には消えないからだ。その意味で囚人は草の根レベルの平和構築に大きな影響を与える存在だといえる。例えばルワンダでは伝統的な司法システムを利用したGACACA(注5)という裁判制度を通して、正義の実現と過去の清算を図り国民融和を促して囚人を社会復帰させる試みが本格化している。こうした動きを踏まえつつ囚人に焦点を当てた選挙監視を行えば、その報告は深みを増すだろう。彼らの選挙行動ひいては民主主義の概念やシステムの理解度を見極める意義は、紛争後の平和構築という視点から見ると大きいのだ。 このほかにも地域の事情や文脈によって選挙監視の重点対象となる社会集団はいろいろ考えられる。例えば2001年9月11日のテロ事件が記憶に新しいアフガニスタンでは女性の社会参加が紛争後の平和構築のひとつの柱なので、女性に焦点を当てた選挙監視を実施するのも一案だ。1999年の民族浄化とNATO空爆で大量の難民流出を許したコソボでは、少数民族のセルビア人が選挙に参加したのは2001年11月になってからだった。現在も少数民族はコソボに散在する集落に各々孤立していて国際平和維持部隊の警護なしには自由に移動できない。多数派アルバニア人との緊張はまだ高いのだ。しかし選挙への参加は、紛争後の新しい社会体制の正統性を認めてそれに参加していくというセルビア人の決断を示すもので民族共存にむけての大きな前進だったといえる。このように平和構築の鍵を握る少数民族を選挙監視の対象に選ぶのも良いだろう。重要なのはそれぞれのケ−スで最も注目すべき社会集団を見つけ出し、選挙監視ための資金と人材をその集団の監視に集中させることだ。

おわりに

合計111団体2192人もの選挙監視員が入り乱れた今回の東ティモ−ル大統領選挙の中に身を置いてみて、私は自ら行った選挙監視活動の意義を考えずにいられなかった。帰国後に強く感じたのは、持てる資源を最大限有効に活用する独自の戦術を策定する必要である。その一例が特定の社会集団を対象に選挙監視をするというものだ。独自の戦術があればNGOの選挙監視活動はもっと意義深くアピ−ルするものになるだろう。


(注1)国連開発計画(UNDP)東ティモ−ル選挙支援プロジェクトのウェブサイトで、主要な選挙監視団の最終報告書が閲覧できる。

(注2)東ティモ−ルでは2001年8月の制憲議会選挙中 UNTAET Regulation2001/2のSection1・2にもとづいて囚人にも選挙権が与えられ、Gleno, Baucau, Diliの刑務所に投票所が設置された。Judical Sytem Monitoring Programme(JSMP)がこのとき刑務所で選挙監視を行い、紛争後社会という特殊な環境における囚人の選挙の意義や問題点について報告している。(http://www.jsmp.minihub.org/Reports/Electionreport.pdf
ちなみに日本では刑務所に収容されている受刑者には選挙権がないが、拘置所などに収容されている刑が確定する前の未決収容者には選挙権が与えられている。

(注3) 世界銀行による2000年度の統計によるとルワンダの人口は850万人で、Human Rights Watchの報告によると2000年度に刑務所に収容されていた人の数は12万5千人。したがって刑務所に収容されていた人々の全人口に対する割合は約1,176%になる。ちなみに日本の場合、平成13年度版犯罪白書によると平成12年における全国の刑務所及び拘置所の1日平均収容人員が58,747人で、平成12年度国勢調査によると全国の人口が126,925,843人だから、割合は約0,046%になる。

(注4) Human Rights Watch(http://www.hrw.org/prisons/africa.html)、Disaster Relief(http://www.disasterrelief.org./Disasters/970410rwanda/)がルワンダの刑務所における囚人の状況について報告している。

(注5)GACACAのシステムと背景についてはルワンダ共和国の公式ホ−ムペ−ジ(http://www.rwanda1.com/government/)のgenocide&justiceがまとまっている。


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