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■アチェ報告書

アチェの平和構築は進展しているのか

山田 満

2005年8月にフィンランド前大統領アハティサーリの仲介で、実現したアチェ和平から3年目の年を迎えた。 かつて、「27番目の州」として24年間のインドネシア支配から独立を果たした東ティモールは、筆者がアチェを訪問した日に、 また国家非常事態宣言が出された。ノーベル平和賞受賞者で昨年大統領に直接選挙で選ばれたラモス・ホルタが武装グループから襲撃される事件が起きた。 一命は取り留めたものの、東ティモールの平和構築が遅々として進んでいないことが顕在化した(今回の襲撃事件の真相解明が国連に要請されている)。 いずれにしても東ティモールは、脆弱国家であり、したがって国際社会からの支援を背景に国家の制度構築を早急に進めなければ、主権国家の存続自体が 危ぶまれる状況下にあるといえよう*。

一方、アチェは東ティモールとは対照的に特別自治州としての道を選択した。筆者は今回の訪問で、市民社会/NGO、地方政府関係者、元GAM指導者、 学生、国際機関、国際NGOと、アチェの平和構築に携わる可能な限りの関係者と会って、アチェの平和構築の現状理解に努めた。これらの関係者からは一様に 「平和構築は順調に進んでいる」という回答であった。しかしその一方で、和平合意で交わされた覚書(MoU)の進展状況に関しては、これら関係者からは 前向きに評価した平和構築の進展状況とは異なって、かなりの部分で遅々として進んでいない点を指摘していた。にもかかわらず、なぜアチェの平和構築に対する 前向きな評価が得られたのであろうか。

アチェ和平によって、まず住民の多くが感じているのは身の安全と社会の安定である。例えば、バンダ・アチェからメダンまで車で行くと、 和平以前は100ヵ所程度のチェック・ポイントを通過しなければならなかった。動いては止まり、インドネシア軍による検問が繰り返されていた。 それはたいへんな苦痛であった。場合によっては不正な金銭的要求、不法な拘束など何度も身の危険を感じたと聞く。現在は、チェック・ポイントもなく 快適にメダンまで行ける。また、以前は夜間外出が禁止されていたが、いまや夜間でもコーヒーショップで友人同士の楽しい時間を過ごせる。このような 生活環境の変化は、アチェ住民に心の余裕と社会の安定をもたらしている。

次に、経済的繁栄を感じ始めている。実は、アチェは紛争後の平和構築と同時に、災害後の社会構築も同時進行してきた。2004年12月の地震後の大津波で 約8万人が死亡し、12万人規模の行方不明者を出している。インターバンドをはじめ、国際社会から多額の支援を受けた。国際機関、国際NGOが事務所をアチェに構え、 まさに援助による「バブル経済」を享受した。今回の訪問で驚いた一つに立派な外国人用ホテルが乱立されていたことであった。私の滞在したホテルには外国から来た 援助関係者が宿泊していた。ホテルの建設に伴う従業員の雇用は、農業や漁業に依存してきたアチェ経済にとって、別の雇用創出を確かに生んだ。

最後に、未来への希望が少なからず持てるようになった。紛争後の再統合に関する公開ラジオ放送がNGO関係者、大学生たちのたむろするカフェで行われた。 市民社会/NGOの代表者や大学生から、また男性のみならず女性参加者からもアチェの未来に向けた活発な議論が行われていた。彼ら彼女らの表情には暗さはなく、 むしろアチェの未来への変革を自ら切り開いていく強い意思を持って参加していたのが印象的であった。

しかしながら他方で、和平後のアチェの現実は厳しい。すでに述べたように、MoUの実現は遅々と進まない。地方政党は設立されても中央政府からの承認は依然として 得られていない。長年にわたるインドネシア軍・警察の人権侵害を裁く人権裁判所はアジェンダにも上っていない。経済的繁栄は誰もが認めるバブルで、 早晩弾けるのは間違いない。それまでに主要産業を興せるのか。また、バンダ・アチェで乱立したホテル従業員の7割は実はジャカルタなどジャワ島の主要都市から来た 人々である。サービス業の経験を有し、英語が操れるアチェ人は現在のところ皆無に等しい。ここにアチェ人に対するキャパシティ・ビルディングが早急に望まれている所以がある。

さらに、紛争後平和構築の主要課題である元兵士の雇用問題に関しても、アチェおいても例外ではない。元GAM兵士の雇用創出は喫緊の課題になっている。 また、GAMの内部対立が顕在化している。2005年12月の州知事選挙で明らかになったように、紛争中にスェーデンに亡命していた旧世代と現実に武器を持って戦っていた 新世代が描くアチェの国家像は明確に相違している(東ティモールでも同様な問題を抱えている)。両者の対立は紛争の逆戻りを危惧させる。軍の介入を再び呼び起こす 不安材料にもなっている。

最後に、津波後の巨額の支援金の使い道である。現在、アチェでは建設ラッシュが起こっている。多くの避難民が新しい無償の住宅を手に入れる一方で、 多くのNGOが指摘しているように、汚職が蔓延している。KKR(汚職、癒着、縁故主義)はまさに国民生活を犠牲にする。KKRへの取り組みも喫緊の課題になっている。

このように、アチェの平和構築は決して予断を許さない。しかしながら、アチェの平和構築における市民社会/NGOの役割は積極的であり、しかも政策のボトムアップが 尊重されている点では東ティモールが抱える市民社会の脆弱性と「暴力の文化」は払拭されつつある(東ティモールも政権が代わって、市民社会の役割は増大してきている)。 したがって、国際社会は東ティモールで失敗したように、アチェからの急激なそのプレゼンスの低下だけは避けなくてはならない。

*筆者は、アチェに続いて東ティモールを訪問し、アルカティリ元首相などにイタビューする機会を得た。

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